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東京地方裁判所 昭和33年(行)117号 判決 1960年2月03日

原告 安島旭吉

被告 内閣総理大臣

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は、通商産業大臣が原告の同大臣に対する手数料支払許可申請を許可しないことによつて国際工業所有権保護同盟条約第二条及び第四条に違反していることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因)

一  原告は、昭和三四年五月三〇日、原告の発明にかかる裏打織布の製造方法について、アメリカ合衆国の特許権を取得するため、同国特許局に特許申請書を直送して出願した。

二  しかしながら、アメリカ合衆国の特許法によると、同国において特許の出願手続をするには、同国に居住している者が代理人とならなければならないので、原告は、右特許出願につきアメリカ合衆国人ホルブルツク・アンド・ミツキンレイを代理人に選任したところ、昭和二七年一二月二日、同人から二千ドルの出願手数料の送金を要求してきたので、原告は直ちに通商産業大臣に対して右手数料のドルによる支払許可を申請したが、同大臣はこれに対して何らの応答をしない。

三  国際工業所有権保護同盟条約第二条及び第四条は、締約国の国民が他国へ特許出願をする場合には、その出願について優先的な利益を与えることを規定しているが、前記手数料二千ドルを送金しない限り、前記代理人に特許の出願手続を求めることはできないのであるから、原告の支払許可申請を許可しない通商産業大臣の行為は、前記条約の規定に違反していることが明らかである。

四  しかして右条約の各条項の遵守については被告が終局において責任を負う旨定められていること、又通商産業大臣の行為については内閣の首長である被告が終局的に責任を負うものとされていることからすれば、通産大臣が原告の申請を許可しないことによつて結局被告が右条項に違反しているものというべく、請求の趣旨第一項のような判決を求める。

(被告の答弁)

一  本案前の申立

主文と同旨の判決を求める。

二  本案前の申立の理由

(一)  被告は本訴について当事者能力を有しない。すなわち、被告は国の一つの機関にすぎず、独立の法人格を有するものではないから、行政事件訴訟特例法第二条の行政処分の取消変更を求める訴又はこれに準ずる行政処分の無効確認を求める訴以外の訴訟については当事者能力を有するものではない。ところで本訴は、通産大臣が原告からの手数料支払許可申請を許可しないことが国際工業所有権保護同盟条約第二条及び第四条に違反していることの確認を求めるものであるから、行政処分の取消又は変更を求める訴にも、行政処分の無効確認を求める訴にも属しないものであることは明らかである。したがつて、本訴は、当事者能力のない者を被告としたもので不適法であるから却下さるべきである。

(二)  本訴は確認の利益を欠いている。すなわち、確認の訴は、訴訟物である権利関係が判決によつて確定されることにより当事者の法律上の地位に対する危険又は不安定が法律上即時に除去される場合にのみ認められるものであるところ、本訴は、原告が昭和二七年一二月に通産大臣に対し、二千ドルの出願手数料支払許可申請をなしたにもかかわらず、同大臣がこれに対して何らの応答をしないことが前記条約第二条及び第四条に違反するものであることの確認を求めるものであつて、仮に本訴請求が判決により認容されたとして、これによつて原告の右出願手数料支払許可申請が通産大臣により許可されたこととなるものではないから、原告の法律上の地位に何ら影響を与えるものではない。要するに、本訴請求は、確認の利益を有しないものであるから、不適法として却下されるべきである。

(三)  仮に本訴が被告に対して原告の出願手数料許可申請を許可すべき義務があることの確認を求める趣旨であるとしても、このような訴は、裁判所をして行政に関与し、行政権を監督する機能を営ましめることとなり、三権分立の建前上許されないところであるから、やはり不適法であつて却下を免れない。

理由

原告の本訴請求は、要するに原告が昭和二七年一二月に通商産業大臣に対し、二千ドルの出願手数料支払許可を申請したにもかかわらず、同大臣がこれを許可しないことが国際工業所有権保護同盟条約第二条、第四条に違反していることの確認を求めるものである。一般に、権利若しくは法律関係の確認請求が許されるためには、当該権利若しくは法律関係に現存する不安危険を除却するために確認判決を得ることが必要かつ適切であること、すなわちいわゆる即時確定の利益が存在することを要するものと解すべく、公法上の権利関係に関しても特に別個に取り扱うべき理由はないが、本訴において、仮に原告が勝訴し、通商産業大臣の前記不作為の違法が確定されても、それは原告の法律上の地位に何ら直接の影響を及ぼす効果を有するものではないから、原告は本訴請求につき即時確定の利益を有しないものといわなければならない。よつて、本訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

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